人工関節の最新トピックス
抗菌人工股関節の開発
佐賀大学医学部整形外科
馬渡正明
整形外科医にとって術後創部感染症は現在でも最も厄介な合併症である。特に人工関節を始めとしたインプラントを用いた手術である場合、抜去を余儀なくされることがあり、医療者、患者ともに多大な負担になる。QOL改善のために行った行為が長期間に及ぶ治療に苦しむことになり、経済的、精神的損失は甚大である。近年では患者の高齢化、DMなどの易感染性疾患の増加などにより、さらに治療が困難になってきている。また周術期のみならず慢性期での感染症も問題になっている。この難題への解決の模索はチャレンジングであり、外科医にとってプライオリティの高いものと思われる。
2005年に佐賀大学に赴任する際に是非この問題に取り組もうと決心した。研究の開始に際しては当時の主任教授であった佛淵孝夫先生の多大なサポートにより、佐賀大学医学部病因病態科学講座の宮本比呂志教授(細菌学)を迎え、基礎実験を担う大学院生、さらに製造を担うメーカーからの研究員からなる抗菌インプラント開発チームが結成され活動を開始した。そもそも研究のきっかけになったのは赴任前に抗菌性、抗ウイルス性を持つある無機の素材を紹介され、臨床応用の可能性を問われたことであった(その素材は抗ウイルスマスクとして実用化されている)。結果として中性域の生体の中では抗菌活性が見いだせず断念したが、そこから別の抗菌素材の探求と生体インプラント表面へのコーティング技術の開発に取り組むことになった。
その中で無機系抗菌材料の一つである「銀」 が候補の一つに挙がった。銀は各種の細菌に対して優れた抗菌性能を有する一方、生体に対して比較的安全性が高く、耐性菌ができにくいとされている。この銀をいかにしてセメントレスインプラントにコーティングするのか、そして抗菌作用のある銀イオンがはたして適切な濃度で溶出されるのか、経時的にはどうなのか、細菌のみに作用し、骨細胞には影響を及ぼさないような濃度設定ができるのか、動物実験で抗菌性と生体親和性が示せるのか、銀の全身への影響はないのか、など開発に際し様々な課題があげられた。10年に及ぶ研究の結果、銀とハイドロキシアパタイト(HA)を複合化し、それを金属表面にフレーム溶射するコーティング技術の開発に成功した。このコーティングにより、抗菌性能と同時に骨伝導能をもつインプラントが完成し、通常のインプラント同様安全に使えることが証明されたのである。そして 銀HAコーティング人工股関節は、佐賀大学での治験を経て製造販売承認を取得し、2016年から広く国内の医療機関において使用されている(図1)。2022年6月14日時点、全国で13,085例に用いられているが、感染によりインプラント抜去に至った症例はわずか9例、0.07%にとどまっている(内部データ)。さらに本発明は脊椎ケージにも応用され、2020年製品化することができた。これまで132施設、2,389例に使用されているが、糖尿病患者2例、0.08%に感染を生じたものの、それ以外の症例では感染することなく、報告されている通常のインプラントの感染率より低下している。
研究開始から承認まで10年を要したが、形にすることができたのはうれしい限りである。諦めずに続けたことが成功の秘訣であったが、思いを同じにしてくれた大学院生の頑張り(図2)と最初から産学連携の研究ができたことがよかったと思う。また研究と同時に特許申請を進められたことは大変重要で、大学で研究する以上大学の知財との連携も必須である。これらすべてのことが抗菌インプラント製品化につながった。現在まで、国内6件、米国2件、中国1件、欧州1件の特許が成立しており、大学の収入にも貢献している。またこの「世界初の抗菌人工股関節の開発」に対し、平成28年度は第30回独創性を拓く先端技術大賞「特別賞」と日本人工臓器学会「技術賞」、平成29年度は第7回ものづくり日本大賞「特別賞」と第72回日本セラミックス協会「技術賞」、令和2年度は文部科学大臣表彰「科学技術賞(開発部門)」、令和3年度は全国発明表彰「日本弁理士会会長賞」などさまざまな賞を受賞できたことは望外の喜びであった。特に文部科学大臣表彰を受賞できたのは、大学教員としてやってきたものとして、格別であった(図3)。
今後も様々なインプラントの抗菌化を進めていければと考えているが、越えなければならないハードルもある。すべては患者さんのためであり、苦労を惜しまず、続けていきたい。
ロボット支援人工関節手術
人工関節手術は損傷した関節面を金属やポリエチレンやセラミックなどを用いた人工関節に置き換える手術で、良好な手術成績をおさめています。
しかし、熟練の術者と言えども人間の目を頼りに手術を行っていると手術計画から誤差がでてしまうこともあります。
また手術操作により血管や神経損傷といった大きな合併症が生じる場合も非常に稀ですが存在します。
そこで近年安全かつ正確に人工関節を設置するための医療用ロボットが導入されています。
通常の手術には必要のないピンを刺入するなど軽度ではあるが追加侵襲がある点、本体価格が高額であるなどの問題点もありますが、患者にとってメリットが大きい考えられ、今後ロボット支援人工関節手術の臨床成績の報告が期待されています。